N52B30Aは名機か?

「シルキーシックス」。

直列6気筒は数あれど、生粋のエンジンメーカーBMW社が作る直列6気筒は”絹のようになめらかに回るエンジン”としてシルキーシックスと呼ばれる。

そう呼ばれる所以とは…。

 

最後のN52系

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E60後期に搭載されるN52エンジンは最後のシルキーシックスと言われている。

2007年のテンベストエンジンにも選出された同系列のエンジンは直列6気筒、自然吸気、ポート噴射、ガソリンエンジンのすべてを採用したエンジンである(Wikipedia引用)。ダウンサイジングターボが一般化しつつある2021年現在においてますます希少なエンジンタイプと言え、シルキーシックスのフィーリングを味わえる期間もそう長くはないだろうと推測される。

 

歴史的には初代6シリーズに搭載されていた3Lまたは3.5LのSOHCエンジン「ビッグシックス」のことを、シルキーと表現したのが始まりだという。その後1990年に入るとDOHC化された2~2.5Lの直列6気筒エンジン(M50型)が登場し、排気量の小ささから「スモールシックス」と呼ばれるようになった。

2000年代になるとM52系からM54系へと移行し、私もE46に搭載されたM54は経験がある。重さを感じさせずにシュンシュンと良く回り、いくらか野性味のある素晴らしいエンジンだったのを覚えている。

E60にも初期まで搭載され、中期以降は後継となるN52系に順次置き換わっていく。N52以降はリーンバーンの直噴化やターボが付くようになり、よってシルキーシックスと呼ばれる系譜はN52が最後というわけだ。

 

本当にシルキーか?

我が竜530iの心臓にはN52B30A型が搭載されている。

3Lエンジンとしては最もハイパワーにセッティングされた高出力タイプで、最高出力はカタログ値272PS、最大トルクは315Nmでレッドゾーンは7000rpmとなっている。

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シルキーと言われるが、信号待ちなどのアイドリング時には驚くほどブルブルと振動がくる。これはハンドルにも伝わるほどで、マフラーがある後方に向かってボーボーと排気音がこもる。もちろんノーマルマフラーだ。アイドリングは600回転前後をキープするが針の動きが少し心許ない。

走り出しはお約束の2速発進で、以前の320に比べて確かにトルクの太さは感じるが、決して暴力的な加速はしない。1670kgの物体が静かに推力を得た後は落ち着いた大人のコンフォートな乗り味で、街乗りでは少々持て余すサイズ感。それでも全幅1845mmと”現行サイズに比べれば”ちょうどいいのかもしれない。

このクルマのキャラクターが豹変するのは高速道だ。

2890mmの長いホイールベースが功を奏し、抜群の安定感をもって水を得た魚のようにぐんぐん加速する。2600回転くらいからパワーバンドに入り、タコメーターの針を上方から右側にぶち込めば息継ぐことなくレッドゾーンめがけて回ってくれる。もちろんトルクもストレスなく追従してくるのがよくわかる。中速域からの踏み込みはペダルの半分で十分だ。電子式の6速ステップトロニックは従来のマニュアルモードの半分のレスポンスでシフトチェンジをしてくれるが、エンジンの吹け上がり吹け下がりにフェラーリのようなキレは感じられない。ただ淀みなく回ってくれるのは確かだ。遠くでクオォォォンと特有の音色とキーンというジェット機にも似た風切りをBGMに、3000回転を超えるとノイズキャンセルをしたかのような静寂がキャビンを包む。100km/h巡行で2000回転。この走行域での静粛性は特筆すべきものがある。

本領を発揮するシルキーシックスの真骨頂は、まさに高速走行なのである。

 

N25B30Aは名機か?

先日、長野県へ行ってきた。

片道約300km、購入後初のロングドライブだ。上信越道に入りリズムよくコーナーをクリアしていく。小気味いい回頭性と余裕の走りでストレスフリーだ。ちょんとクルーズコントールボタンを押せば、足への神経が楽になり手元の操作に集中すればいい。控え目な走行音も相まってか到着してからの疲労感の少なさに驚く。

この手のクルマは守備範囲が広いのが一番の魅力だ。そこにエンジンがマニア垂涎のラストシルキーとなれば、もうこれだけで積極的に選ぶ車種になるだろう。

しかしエンジンの響きだけで手を出してしまうと、思いのほか肩透かしを食らう破目になる。

 

ひとことで言ってしまえば、優等生タイプのエンジンなのだ。

 

高速道での静粛性やスムーズネスは秀逸と言えるが、日常ユースで常に味わうことはそうない。むしろ街乗りではゴロゴロと低回転低走行でのアラが目立ち、停止中のこもり音も人によっては気になるほどだ。吹け上がりは悪くはない。踏み込んだ時のサウンドも肉厚ではあるがピリッとした官能さはない。全体的にマイルドなフィーリングなだけに何かひとつ感性に響くような抜きん出た個性がなく、オール5の誰からも好かれる優等生なんだと感じた。

クルマ好きを謳うユーザーからは「マジメすぎて面白味に欠ける」という声も聞こえてきそうだ。不満が出ないのは工業製品の出来としては〇だが、時にはビンビン乗り手を刺激する咆哮も奏でてほしい。そういう意味では、最初のシルキーシックスと呼ばれたM20型の直系である、前型のM54に官能性という点において軍配が上がるだろう。

 

V6の流れに背を向けたBMW。その中でN52は新世代を担う直列6気筒であったのは間違いない。アルミ合金の複合材料がクランクケースに初採用されるなど軽量化も図られてきた。さぁこれからだ!という矢先、環境問題や燃費の追及でダウンサイジングターボの流れがBMWにも襲う。かろうじてF10の初期までN52B30Aは搭載されるが、258PSまで出力が抑えられ、こちらは528iのエンブレムを冠する。

E60 530iのN52B30Aが手元に残しておきたい名機になるかはオーナー次第だが、ぜひ一度は堪能しておくべき「価値」のあるエンジンであるのは断言できる。

BMWアイデンティティを味わうなら今しかない。

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