”BMWに乗っている”
「えぇなんで？！カッコいいじゃん！」
「センスいいね」
オーナーにとって最高の褒め言葉だ。所謂クルマ離れと言われる世代にいるが、さしてクルマを知らない同年代の人でも、BMWに乗っていると言った瞬間に同じ反応をする。BMWというブランドのイメージが良いのだろう。颯爽と、走りのイメージと若々しさ、高級感があのマークから連想されるのかもしれない。また驚くことに、年上の世代からも支持は高い。自分の部下が5シリーズを通勤の足にしているとなれば心がザワつくのが人間の性というものだ。なのに彼らは「いい買い物をしたな」「BMW良いよね」と異口同音に褒めてくれる。
これはE90時代でも今のE60でも共通したリアクションだ。誰の目からみても良いクルマである2台。果たしてどちらが買いなのか？
素性がいい3シリーズ
シリーズや排気量が違う、異なるパッケージの2台を同列に比較するのは少し乱暴かもしれない。だが今となっては中古車でしか味わえないこの2台が、市場では販売価格に大差がなくなってきているのだ。新車時ではゆうに300万円以上の差があったものが、10年の時を経て肩を並べた。持ち出しの金額が同じならどちらを選ぶか。
まずはE90 LCIからだ。当時乗っていたE90後期はベースグレードの320iだった。シートもファブリックの布シートでトリムも至ってノーマル。内装は華美な装飾など皆無でオプションで付けられるような快適かつ先進装備もない。だがこの”スッピン”の320がとても良かった。もちろん最初の輸入車ということで触れるものすべてが新鮮であったが、スッピンだからこそ、そのクルマの基本性能が際立っていたように思う。
とにかくこのクルマは運転がおもしろい。
ドライビングの楽しさを演出するにはいくつかの手法がある。例えばマフラーやエンジン音といった聴覚での演出、ステアリングから伝わる情報量、そして追従性等のフィーリングだ。構造部分として前後重量配分50：50のFRレイアウトも運動神経が良い大きな理由のひとつとなる。車検証上も760kg：760kgの完全バランス。そしてエンジン搭載位置も限りなくキャビン側に押し込められ、フロントの車軸から完全に後方にエンジンが搭載されるフロントミッドシップだ。N43B20A型の直列4気筒直噴エンジンは出足こそやや雑味があるものの、中速域からまた異なる音色を奏で、1mmのアクセルワークにも追従する。170PS、21.4kgトルクと数値的には一般的な値だが、それ以上のパワーが出ているような感じである。直列4気筒エンジンは鼻面の軽さによるハンドリングの良さにも一役買っており、どうやらこのクルマはロールをするということを知らないようだ。ハンドルを切った分だけスッとノーズが入り、もたつく事なくリアが追従し後ろから蹴り出される感覚でシャーンと曲がっていく。これは交差点を曲がるだけで笑みがこぼれるくらいだった。
ボディの剛性感も素晴らしく、土台の良さは何より安心感をもたらす。エンジンのパフォーマンスを完全にシャシーの下に置くことで、ドライバーの意のままに操ることができる。高速走行でも抜かりはない。速度が増すたびに路面に吸い付くようにひた走る安定感とリニアな操作性は、さすが世界のベンチマークと称されるだけのポテンシャルを持っている。
素性が良いとはまさにこの事だと思ったのだ。
満たされる5シリーズ
Mスポーツで武装した530i。当該グレードでは珍しく、シートマテリアルはダコタのフルレザーだ。トリムパネルは落ち着いた茶系のバンブーウッドを使用しており、ポプラウッドのような”イカニモ”な木目ではない。これもまた外装のスポーツ系とケンカをしていない辺りに前オーナーのセンスを感じるところだ。最低限の装備は3と共通しつつ、オプションで付く装備が標準になっているのが上級車種の特徴だろう。ドアミラーに内蔵されたウェルカムライトもさりげなく高級車の演出をしてくれる。
内装は武骨で硬派な印象を受ける。ドスッと低いドアの閉まる音は、E90と明らかに違う。潜り込むようにして乗り込む感じは同じだが、E60のアイポジションはやや高め。3はセダンとは思えぬほど低く、BRZに乗っても違和感がないほどであった。シート自体も5は3よりも体感1.3倍大きい。通称「ふたこぶラクダ」のダッシュボード形状も、この時代のBMW共通のデザインであるが、E60の方が視界の確保が良好である。
特筆すべきはサルーンならではの後席だ。ドップリ体を預けられる後席は、肩までしっかり背の張るシートで硬すぎず柔らかすぎない座面で不満はまず出ないだろう。まるで高級ソファに腰かけているようである。身長180cmを超える人でも足元に余裕があり、まさに走る応接室と言っても過言ではない。この後席の居住性のために買ったという人がいても不思議ではないくらいだ。BMWはドライバーズカーであるが、5シリーズの後席に乗って長距離を移動してみたいものである。
どこまでもパッセンジャーを考えた作りは3シリーズとは明らかに一線を画する。7シリーズとまではいかないまでも、同乗者に気を遣っているという気概は随所に見て取れる。例えばドア回りのストリップにはフェルトが貼られており、これは遮音性や密閉性に一役買っている。また今となっては時代錯誤かもしれないが、後席のドアには灰皿も鎮座する。こういった何気ない装備が3シリーズとは明らかに違うんだと思わせてくれる。
パワー不足は感じず信号の切り替わりに間に合うようなシーンに320との力の差をはっきりと感じる。Mスポーツの足は程よく引き締められており、コツコツ拾う突き上げが気になるかもしれないがこれはすぐに慣れる。むしろ245/40R18のサイズによる轍にハンドルが取られることの方に最初戸惑ってしまった。走り全般で言えば、ゆったりどっしりと言ったワードがしっくりくる。3が俊敏なスプリンターならば、5は長距離ランナーといったところか。アクティブステアの恩恵で交差点でのハンドルの操作量は格段に減ったが、ボディサイズへの配慮は必要だ。コーナーでのロールはしっかり感じられる。Mスポーツは横へのロールを下に押さえつけて解消しようとするらしく、この点では3の方が素直な印象を受けた。
E90とE60どちらが買いか？
断言しよう、走ることが好きなら迷わず3シリーズだ。
325や335を選んでもいいが、E90なら6気筒モデルよりも4気筒モデルがおすすめである。最終型ならリーンバーンによる燃費の向上もなされ、実燃費で13.5～13.1km/lだった。質素な内装は飽きがくることはなく、むしろスポーティであり、走ることに集中することができた。維持のしやすさから、BMW入門としても最適な1台だろう。
一方5シリーズのE60はというと、所有する歓びが強いクルマのように思う。それ1台での満足度が非常に高いレベルにある。装備や装飾で目で満たされ、快適性を損なわない走りで魅了され、ジャーマンミドルセダンに乗っているという「格」のようなもの。そういう意味でクルマ選びに妥協したくない人や、”ビジネスアスリート”のキャッチコピーの如くエネルギッシュな人がベストマッチだろう。トータルで長く乗るのが前提ならば、コストパフォーマンスに優れた1台といえる。
独断と偏見でひとつ付け加えておくと、完成度が高いクルマゆえに、割と早い段階で満足感を得てしまうことが（贅沢な）悩みかもしれない。何か物足りなさを感じるからこそ、次はもっと良いものをと考える時間が楽しかったり、逆に愛着が湧いたりするはずだ。だが、完全無欠の5シリーズに出会ってしまったオーナーの次なる思考は、まったく違う分野のクルマに興味が湧くか現状維持し続けるかのどちらかの可能性が高い。つまり、5に乗ったから次は7シリーズとは中々いかないわけで、「BMWの中での上がりのクルマ」になる可能性があることを付け加えておきたい。
乗り手とクルマのキャラクターからか、E90時代はよく人に話かけられた経験がある。別に物珍しい車種でもグレードでもないのだが、駐車場の警備員の方やガソリンスタンドでの交流があった。E60はその目つきの鋭さからかそのような経験はないが、子供から「あのクルマかっこいいね」と言われることがある。いずれにしても、BMWを選択肢に入れられる人は、幸運な人なのかもしれない。
